アデレードは南オーストラリア州の州都である。カウマ(Kauma)と呼ばれる平和的な原住民達が住みついたのがはじまりといわれている。最初のイギリス人開拓移民が南オーストラリアに入植したとき、カウマ族はわずか300人程度だった。アデレードはカウマ族によって、‘Tandanya’すなわち赤いカンガルーの土地、と呼ばれていた。
アデレードの地を見出し、さらに非凡な都市設計をすすめたのはウィリアム・ライト大佐である。彼は土地の肥沃さ、十分な水供給、さらにトレンス川に面しているという利点に目をつけ、かの地を選んだ。そうしてかの地は英国国王ウィリアム4世の妻アデレード女王の名を取って、アデレードと名づけられた。
イギリス人政治家エドワード・ギボン・ウェイクフィールドの提案によって、この土地はヨーロッパ人入植者に無料で与えられるのではなく、高値で売買されることとなった。土地売買によって得られた金銭によって、入植地を発展させる労働力がもたらされた。
かくして、アデレードは貧民や囚人たちによってではなく、自由移民によって入植されたのである。また、この入植地には英国政府からの経済的な支援がまったく行われなかったことも興味深い事実である。